よなハック

【挑戦と変革に共に立ち向かう】徒然と書いてます。

2024年10月 混和

20241030

 

10月が終わる――。

 

・・・

 

9月のカレンダーは白紙だった。

すべての意思決定が自分次第。

何をやっても良い。何もやらなくても良い。

 

全ての意思決定を、自分の想いに基づくものに。

その結果、朝起きてから〜夜寝る瞬間まで、全ての瞬間にフルスロットルだった。

何故なら、自分で決めているから。

そして、全ての活動に楽しさが伴っていた。

 

そうやって、自分の人生のハンドルをグッと握り直して、改めて「想いが描ければ、実現への道はひらける」と実感する。

 

「やってみたい」「もっと、こう生きたい」

 

そう想った所から、何かがはじまる。

 

主体的に行動した結果として掴み取る機会もあれば、想定外の角度から機会が舞い込んで来ることもある。

 

何にせよ、自分が言葉にした「想いが描ければ、実現への道はひらける」を、自身が実感する日々を過ごしている。

 

・・・

 

そして10月。

10月は、広島、岡山、東京、長野と巡り、また東京に戻ってきた。

 

出会いに恵まれる人生だな、とつくづく思う。

どこに行っても、最高な出会いがある。

そして、人と人との関係性や、自然・歴史・文化などのその土地が持つエネルギーから生み出される「場の力」というものを強く感じる。

 

関係性も、場のエネルギーも、目には見えない。

しかし、微かながらにも心身で感じることはできる。

 

もっともっと、自分自身の直感や野性を取り戻す方に向かっていきたい。

目に見えないもの、数字で測れないもの、だか確かにそこにある力。

 

それが関係性や場のエネルギーであり、自分の身体・思考・感情に多分に影響を与えている目には見えない力だ。

 

すべては場から生まれるものであり、すべては人が生み出すものだと思う。

 

安易に経済合理性を追わない、安易に数字で測ろうとしない。

しかし、意識的に気付き、観測できるように努めていく―。

 

自分の人生を形作る大事な何かに、気付きかけている感覚がある。

 

・・・

 

また、全ての決定権を握り続けた9月とは対照的に、10月は人からの誘いに乗ることが多かった。

 

自分にとって、意味・意義あることに時間を使うことに意識的になりすぎたか、自ら誘いに乗ったとはいえ、無意義・無意味な時間はきつかった。それもまた気付きだった。

・・・

 

9月が白紙なら、10月は「混和」かな。

 

地域・人・自然・歴史・文化…、そういう知見・経験が自分の中に累積してきており、ふとした時に、関係のない別々要素が繋がって、気付きが生まれる瞬間がある。

 

11月は、見聞きするものを意識的に変えてみると、何かが起こる予感。

本や音楽、場所や、会う人、食べ物・飲み物、いつもパターンで選んでると思うので、意識的に違うものを選ぶ。

 

直感的に、そうした方が良いと思う。

 

追記.

無意味・無意義とか書いたが、一晩あけて、これを思い出した。

掃除をしろと言われているんだからすればいいのに、勝手に意味を求めて「これは意味のないことだ」と決めつけているのは、自分の心なのだと思いが至った瞬間、そうした自分の心の存在を確認することこそが修行で、それは意味がないことによって意味を持つのだと思えました。

松波龍源. ビジネスシーンを生き抜くための仏教思考 (p.80). イースト・プレス. Kindle 版. 

 

 

 

 

白紙。

20240901

 

2024年8月31日、人生の一つの節目を迎えた。

 

明日からしばらく、カレンダーを白紙に。

 

※以下、20240831「いつかじゃなくて、今だ。」の続き

yonaharyuta.hatenablog.com

 

 

30歳を迎えて、何かが自分のなかで変わった。

思えば、28歳〜30歳に至る2年間は「何に生命を懸けるのか」を問い続けていたのではないか。

 

歴史を学び、自分のルーツを辿り、これまでの人生を何度も振り返った。

自分が何世代にも亘る歴史の上に立っていることに気づいた時、

沖縄戦で亡くなってしまった多くの生命の尊さに改めて想いを馳せた時、

これまでに出会った人々からもらった恩の大きさに気づいた時、

自分の生命は自分だけのものではないと思った。

今を、もっと良い形で次の世代につなぐ使命があるのだと思った。

 

それが、30歳を迎えて、「今だ」と自然体で想うようになった。

具体的な日付は、30歳を迎えた後の、2024年7月7日と7月8日。

 

福島県にて、

・会津藩白虎隊の自刃地「飯盛山」

・東日本大震災・原子力災害伝承館

を訪ねてから。

 

社会情勢や天変地異など、世の中の大きな変化によって、個人の生命が、日々の生活が、簡単に失われてしまうことを体感的に理解した。

失われなくて良い生命が、平和な日常が、いつ無くなるかわからないと強く感じた。

そして、「いつか」なんて呑気に過ごしているうちに、人生は終わるかもしれないと思った。

 

一旦、カレンダーを極めて白紙に近い状態にして、自分の生命を使うべきことに、時間を使おうと決めた。

 

ーーーーーーーーー

 

今現在、仕事とは別に、探索的な活動として、3つほどコミュニティに参画している。

そのうちの一つが、「人としての器ラボ(Uラボ)」だ。

※参照:「人としての器」について

h-utsuwa.com

 

2024年8月29日(木)に、Uラボの集まりがあった。

そこで、2時間かけて、自分の人生の節目となったエピソードを発表した。

パンダ保育園〜今に至る30年間の自分史を、Uラボの仲間に話した。

 

その際、羽生さんから「与那覇さんは、レスリングやビジネスで勝つことを目標にしてきたフェーズから、保育園時代のように、遊びを取り戻すプロセスをまた歩み始めているのではないか。」というコメントをもらった。

そのコメントをもらった時、心の底から、嬉しさというか、エネルギーというか、自分の大事な何かが共鳴した感覚があった。

 

ーーーーーーーーー

 

2024年9月1日(日)に、大学時代の恩師である富沢先生と約1年ぶりに再会した。

いつも生き方のヒントをくれる師であり、自分が将来ありたい姿そのもの。

 

富沢先生とは、大学卒業後も、三ヶ月か半年に一度は飲みに行っていた。

しかし、2023年末に、いつも通り、「富沢先生、1/13夜あいてませんか?」と連絡したら、「がんが見つかった」と返信が来た。

しかも、アスベスト由来の希少かつタチの悪いがんとのこと。

 

定期的に連絡をとってみては、

「まだ歩くのがやっとの状態ですが、少しづつ回復しています。与那覇と飲めるのはまだまだ先ですが楽しみにしています。」

「その日、その日を何とか生きています。先が見えないのが何とも辛いです。」

などの返事があった。

 

ついこの間までは、いつも、

ワイ「先生、元気ですか?」

先生「疲れてるよ。もう老い先短いからさ(笑)」

ワイ「いやいや先生、相談したいことがありすぎるんで、オレより長生きしてくださいよ(笑)」

なんて笑いながら話していたのに、「がん」が見つかり、会うこともままならなくなった。

勝手ながら、もう会えないんじゃないかとさえ思っていた。

 

…1年ぶりに会えることになった。

会えるのは最後かもしれないと思い、手紙を書いた。書きながら、涙が止まらなかった。

 

今日の別れ際、富沢先生が「じゃあ、また」と言った。私は「先生、またですよ。また、絶対、また。」と言って別れた。

 

また、必ず会いたい。

「また会える」という日常も、移り変わる。

 

ーーーーーーーーーー

 

そんな日々を過ごしながら、2024年8月31日、人生の一つの節目を迎えた。

そして、明日9/2(月)からは、カレンダーがほぼ白紙である。

 

これまでは、起きてから寝るまで、何かしらの予定を詰め込んでいたな。

 

予定を詰め込んだ日々の中で、

「もっとゆっくり本を読みたい」

「もっと自分と向き合う時間を作りたい」

そんなふうに思うことも多々あったが、

 

実際にガラガラのカレンダーを眺めてみると、なんか寂しい気持ちだ。

 

「自分で望んで白紙にしたのに、寂しい気持ちになるとは、我ながら人間味があるな。」とか無駄に客観的に思ったり、ガラガラのカレンダーに対して一抹の不安のような気持ちを覚えたりもする。我ながら謎だ。そんな謎に対しても「それもまた人生」とか思ったりする。

 

白紙のカレンダー、余白だらけの日常のなかで、何を感じるか。何を想うか。

 

「いつかじゃなくて、今だ。」と勇む気持ちを一旦わきに置いて、少し、「もっとゆっくり本を読みたい」「もっと自分と向き合う時間を作りたい」と思っていた日々を過ごしてみたい。

 

おしまい。

 

追記.

たまたま目に入った言葉。

「満足を得る秘訣は、めいめいが自分の実力と限界を自力で見出し、自分が十分に力を発揮できる仕事は何であるか知るとともに、どんな成功者であろうと権力者であろうと、その地位は大宇宙に比較すれば微々たるものだということを悟るだけの分別を持つことである……つまり、本当の自分自身になりきる勇気、孤独に耐える勇気、自分と違う者になろうとしない勇気を持つことだ!」
林語堂<中国の作家・言語学者>

 

いつかじゃなくて、今だ。

20240831

 

全ての物事は、はじまれば終わり、終わればまたはじまる。

 

・・・

 

2024年6月30日をもって、30歳になった。

30年生きた。30代に突入した。

 

心持ちが変わった。

 

「これだけ出会いに恵まれ、これまで手を引っ張ってもらって生きてきたんだから、次は自分自身が誰かの手を引っ張る側に…。」

 

“いつか…。”と思ってたが、明確に、今だ。

いつかじゃなくて、今だ。

今からやらないと、あっという間に今世は終わる。

 

人間、いつ死ぬかわからない。

人生は一度きり。

そして、自分もいつか必ず死ぬ。

 

…この自分の生命も有限であり、1分・1秒を経るごとに、自分の生命は終わりに近づいている。

 

 こうしている間にも、寿命は減っている。

 

今、ここにある自分1人の生命を、何に使うか。

 

・・・

 

素で、この生命は借り物だと思う。

ここまで出会いに恵まれた人生があるか。

両親、兄妹、祖父母、師、仲間、友達…、これまでに自分と関わってくれた全ての人から、愛を享受し、道を示してもらったと思う。

出会ったすべての人から、何らかの学びと気付きをもらって、ここまで歩んできたと思う。

 

いただいた教えを、愛を、歩ませてもらった道を、もっともっと良い形で、次の世代に繋ぎたいね。

 

自分自身という一人の人間を、たくさんの人に支えてもらったな、導いてもらったな。そして、名もわからぬ先人たちが築いた歴史の上に、自分は生きているな…。

 

そんなふうに、自分の生命は、自分だけのものじゃなく、これまで受け継いできた色んな想いがあったからこそ形成されてきた奇跡だと思う。

一方、宇宙の138億年の歴史からすると、一粒にも満たない、小さな小さなどうでもいい小粒だとも思う。

 

奇跡かつどうでもいい。

奇跡だからやるし、どうでもいいからこそやる。

 

 

 

…すべては人ありき。

 

それさえ忘れず歩んで行ければ、思いっきりやれば、未来は拓けるんだろう。

 

自分の人生を形づくってくれた全ての人に、いつ何時も、胸を張って自分の行いを誇れるように。

 

そういう風に生きて行ければ、死ぬ時に後悔はないんじゃないか。受け継いだ恩を後世にも繋げるんじゃないか。

 

人生に正解はないからこそ、新たな道を切り拓き、誰かの道標になれたら本望です。

 

言うは易し、行うは難し。

 

難しだとしても、行動で示しますよ。

 

「全機現社会をつくる」「For Our Next Generations」への想いは変わらない。

これからは、人・社会(教育)・地球に、全方位的にアプローチしていきます。

 

 

おしまい。

 

追記.

To 水野さん

あなたは世界に何を見る。

20240412

 

世界を変えてきた人は、
「世界を変えられる」と本気で信じてきた人だと思う。

 

ブレイクセコンドも、人の力を本気で信じている。
世界は人の力で変えられるんだ、と。

 

一人ひとりの大きな力を、組織の力を、
最大限引き出す。
そして、希望ある未来を共につくる。
これこそ、わたしたちの使命だ。

 

自分の本心に気づけたとき。
「これだ!」というものを見つけたとき。
人のエネルギーは底知れない。
わたしたちはその可能性を、誰よりも知っている。

 

ゴールなんて、ない。
どこまでいけるか。

 

想いが見えた瞬間、実現への道はひらける。
あなたは世界に、何を見る。

 

ーーーーーーーーー

 

時間は絶えず流れつづけている。

 

自分たちが生きていなかった過去も、自分たちが生きていない未来も、

 

今も。

 

・・・

 

1945年。

たった2世代、うまれる時代が早かっただけの、

じいちゃんの家族・兄弟、

ばあちゃんの家族・兄弟、

みんな沖縄戦で亡くなってしまった。

 

望まぬ外部環境の変化に対して、必死に、文字通り命懸けで生きた。

結果、4人に1人が亡くなった。

参照

[沖縄戦 - Wikipedia](https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%96%E7%B8%84%E6%88%A6)

 

 

みんな、死ななくてよかった。

 

時代が、人が、

世界全体の暴走を止められず、

尊い生命が、ただただ失われていった。

 

その歴史の上に、わたしたちは今を生きている。

 

啓蒙でもなんでもなく、シンプルな事実。

 

時間を重ねるごとに薄れていく歴史を、

当時を生き延びた人たちが少なくなっていく今を、

”過去”と思ってはいけない。

 

みんなが命懸けで繋いでくれた今を、オレたちは生きている。

 

先人たちの命懸けの想いに報いたいね。

今のオレたちより、ずっと若い、中学生・高校生ふくめ、みんなが繋いでくれた今。

 

1945年から79年後の2024年に、

オレが生きていることが、みんなが「良かった」と思える未来にしたい。

だから今を、一生懸命生きる。

 

時間の流れのなかで、受け継いだ生命のありがたみを、次につなぐために今を生きる。

 

当たり前に、次に繋ぐ。

みんな当たり前にそうしたように、未来に生きる誰かのために、今に命を懸ける。

 

すごくなくて良い、お金に換えられなくて良い。

今を、一生懸命生きる。

 

ゴールなんて、ない。
どこまでいけるか。

 

オレにしかできないことがあるんじゃないか

20240327

 

オレにしかできないことがあるんじゃないか

 

 

専修大学時代の恩師、久木留先生

慶應義塾大学院時代の恩師、神武先生

ロンドン五輪銀メダリスト、千田さん

とご一緒して、

 

「オレにしかできないことがあるんじゃないか」という言葉が

自分の心の奥から出てくる。

 

いつでも夢を描いて目を輝かせて、未来を語る先生方に指導してもらえたこと

今でもこうして夢を語り合って、知見・経験を持ち寄る場があること

 

本当にありがたいことだな

 

自然体でいながら、エネルギーにあふれている

 

こんな大人ばっかりの沖縄、日本になったら当たり前に未来は明るいと思った

 

ここまで手を引っ張ってもらって、育ててもらって、

自分だけで終わらせてはいけないなと

次は自分が、誰かの手を引っ張る側に回らねばと、胸が熱くなった

 

「未来は明るい」と当たり前に確信できる社会を、自分たちでつくっていきたいね

 

 

 

 

 

 

魂が動く瞬間

20240326

 

論理だけじゃない。

気持ちだけじゃない。

 

人の心を動かすものは科学じゃない。

 

言葉にならない

心の奥底かは出てくる言葉は

わかる

 

ロジカルじゃなくても

ストーリーじゃなくても

 

本気の言葉は、人を動かす

 

人の心臓を1ミリ浮かす

やってやろうという気にさせてくれる

 

命を燃やす人の言葉は

他者の命に火をつける

 

今、火がついている

 

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専大レスリング部時代のコーチ木村先輩と @大手町
飲んだ帰りに自然と気持ちがたかぶったのでした。

 

 

 

ブレイクセコンドの理念体系(改修中)

20240316-17

 

 

岡山県 西粟倉村!

専修大学レスリング時代のコーチ、半田先輩( 半田 守 )が経営する「あわくら温泉元湯」へ!

地域の薪を使った温泉への熱供給事業、温泉宿の事業譲渡を受けてからこれまでの道のり。。。

西粟倉村移住してから、顧客満足と数字と地域に向き合い続けてきた過程・現在地・これから目指す姿を教えてもらいました。

目の前のやるべきことを着実にやりながら、次なる道を開拓し続けるスタイル、めっちゃ熱かった。。

ぜひ皆さん、元湯行ってみてください!
魂込もってて最高です!

・・・

この西粟倉の旅では、半田先輩に、移住してからこれまでの道のりを、リアルに教えてもらった。

 

レスリング時代に背中を追い続けた先輩、今でもその背中を追い続けている。

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また、この旅の前日は20240315は大学院時代のデザインの先生である草野さん、尊敬するのんちゃんと語りまくってて、自身のやるべきことがクリアに見えてきた。

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改めて、ブレイクセコンド株式会社も3期目。

そして、早いもので3月が終われば、1-3月の第一四半期を終える。

 

2024年に突入してから、ずっとブレイクセコンドの理念体系を問い直し続けている。

 

この2期は、御縁に恵まれながら、ここまで歩んでこれた。

 

ここからは、ブレイクセコンドも公器として動かしていきたい。

ブレイクセコンド株式会社に、法人格としての魂を吹き込み直す。

 

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掲げてきた使命は「挑戦と変革に共に立ち向かう」。

読み解きを少し解説すると、

・挑戦:やりたいことやる

・変革:成りたい自分になる

・共に立ち向かう:一緒にやる

とてもシンプル。

 

ただ、挑戦も変革も本当に難しい。

一歩進めばまた一難。。という日々もある。心が折れることもある。

しかし、良いことも悪いことも、はじまればおわる。おわればまた次の何かがはじまる。

だからこそ、挑戦と変革の歩みを止めずに、止めないように、共に立ち向かうことに、とてつもない価値があると考えている。

 

「挑戦と変革に共に立ち向かう」この言葉には心の底からしっくり来ている。

 

その先に何があるのか?

 

この3日間で「挑戦と変革に共に立ち向かう」のその先を言葉にできた。

 

■使命

・挑戦と変革に共に立ち向かう

 

■実現したいこと(使命のその先)

・想いを体現する人&組織を増やす

・「未来は明るい」と確信できる社会をつくる

 

挑戦と変革に共に立ち向かうことで、想いを体現する個人が増えれば、その組織に集う個々人の想いを体現できる組織が増えれば、

 

極端に言うと、

 

地元沖縄の145万人全員が挑戦すれば、

 

日本の1億2000万人全員が挑戦すれば

 

それだけで爆発的なエネルギーになると思う。

 

「自分の現状は自分で変えられる」「自分たちの未来は自分でつくれる」

 

このマインドセットを全員が持てれば、もっともっと未来は明るい。

 

そう思うし、「未来は明るいと確信できる社会」になると思う。

 

その実現に、自分の寿命を使っていきたい。

 

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と言葉にしてみると、残された時間の少なさに焦りを覚える。

あと何年でどこまでいけるか。

 

目の前のお客さん一人ひとりの実現したい状態を実現しながら、残りの時間でブレイクセコンドはどこまで行くのか、そのためにやるべきことは何なのか。。

 

今からもっと向き合わないと。明らかに時間がたりない。

 

ーーーーーーーーー

ブレイクセコンドの理念体系に話しを戻すと、

 

■使命

・挑戦と変革に共に立ち向かう

 

■実現したいこと

・想いを体現する人&組織を増やす

・「未来は明るい」と確信できる社会をつくる

※2024/03/18追記 「未来は明るい」と確信できる社会を、自分たちでつくる

がしっくりします。

 

そして、使命と実現したいことに向かいながら、日々忘れず、心に持ち続けたいことは、

■心に持ち続けたいこと

・やればできる(やらないとできない)

・楽しいと充実の両方を追う

・応援される人間である

・ごきげんである

・みんなの仲間であり、居場所である
(頑張るときに一緒にがんばろうは当たり前。
 頑張れなくなってしまったときも当たり前に一緒に居る。)

 

このあたりは作成中。

だが、本当に大事なことを言い得ている感覚はある。

 

また、事業内容も3方向で体系を整理。

自分自身の使命&実現したい状態を実現するためには、

・個人

・企業

・社会(政治・行政・教育・福祉)

の3つのセグメントといっしょに活動していきたいと思っている。

 

このあたりも、もう少し整理が必要。

 

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「現状を変えたい」

そう思う個人・組織の支援はもちろん行う。

 

「今、自分だけがよければそれで良い」という人も、そう思えるだけの豊かさを先人たちが築いたからこそ、今を生きていることを認識して、自分の生命を最大限に輝かせて欲しいと思うし、次世代につなげて欲しいと思う。

 

思考に思考を重ねて、、、もう少しで「これだ」という理念体系を形にできそう。

ブレイクセコンドに魂を吹き込み、人々の挑戦と変革に共に立ち向かい、想いを体現する人&組織を増やし、「未来は明るい」と確信できる社会をつくる。

 

おしまい。