20210221
「分かっているつもり」→「分かっている」→「できる」に大きな差がある。
これまで15年ほど取り組んできたレスリングでも、大学院で学んだシステムデザインでも、「分かってるつもり」でやってみると「できない」場面は多々あった。
もがいてもがいて理解して実践して再現性を持って取り組めるようになった。
最近はまた新たな「分かってるいるつもり」で「できない」にハマっている。
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2020年9月頃からの関心は専ら新規事業。
余談だが、大学院では「イノべーティブなモノを狙って生み出す」「システムを成功裏に導くための設計」を学んだ。
大学院時代は上記学習と並行して、自分自身で今までに無いコンセプトのTシャツを考え、最終的には沖縄のセレクトショップからお問い合わせをもらって、お店に置いて貰い販売したこともある。
だから、「新しいことを考える」「ビジネスとして動かす」ことは経験済みと自負していた。
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実際はビジネスごっこだったかもしれない。
大学院時代のTシャツビジネスは、貯金から数十万を投下して、数十万を回収+微量の利益。
良い経験なのは間違いないが、ビジネスとして成り立たせる(=利益を作り、生活費&投資費用に充てる)までは至っていなかった。
今、新規事業のアイデアを考え、ビジネスとして成り立たせるための諸々を思案している。考えるべきことを考え抜いては、また新たな考えるべきことが生まれる。
一つ論点をクリアしたと思えば、新たな論点や矛盾点が見つかる。
そんなこんなを考えながら、中々収支計画も立てられない。
誰のどんな課題をどのように解決してどのように喜んでもらうか。
誰がお金を払うのか。なぜ払うのか。
3年後、5年後、10年後、お客様はどのようになっていくのか。
考えるべきことはシンプルだが、中々上手くは行かない。
この辺りも大学時代に経営学部で学んだことであるように思う、そして、新規事業・マーケティングは興味分野なので本も色々読んでいる。そのため分かった気になっていたが、実践してみると何が分からないかが分からない事が多々ある。
「下手の考え休むに似たり」
“良い考えも思い浮かばないのにウンウン考えているのは、休むことに似ているの意”
休んでいるつもりは全くないが、知的生産性が低いな、と思うこともしばしば。
もはや仕事か趣味か何なのか線引きが曖昧。
何にせよ、自分がやりたいことをやれている。
ビジネスとしていける、と思えるものまでもう一歩の所まで来ている手応えもある。
しかしまあ分からないことだらけですな。本は割と読む方なので学んでいたつもりでしたが、実践してみると出来ないことだらけ。そしてまた学ぶと。
「実践なき理論は空虚であり、理論なき実践は無謀である」という言葉もありますけど、本当そう思います。
理論と実践の両輪を回せ。
Do→Check→Study→Action→Do→・・・
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という訳で1日中パソコンと紙と向き合った日曜日でした。
どうにか形にしたい。
ここ数ヶ月のチャレンジの日々はとても有意義なものだと実感しながら、結果はまだまだ。方向性は良さそうだ、と思いながら進んでいるが、スタートラインに立っているのかもわからない。
やるしかないですね〜。
沢山の人に支えてもらって感謝です。応援してもらって、手を引っ張ってもらってるからこそ、結果で恩返しがしたい。
おしまい。